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 2020年の本格運用を目指し、次世代のスーパーコンピュータであるポスト「京」の開発がいよいよ始まりました。2020年は東京オリンピック開催の年であり、我々はポスト「京」を武器として科学技術の金メダルを目指すことになります。
 ポスト「京」開発では、科学的課題に加え、社会的課題も重視され、創薬・医療・気象・ものづくり・宇宙などの9つの重点課題にイノベーションをもたらす計算技術(アプリケーション)の開発が行われています。私はこれら9つの重点課題の1つである創薬分野「生体分子システムの機能制御による革新的創薬基盤の構築」の責任者を担当させていただくことになりました。この場をお借りして、我々のポスト「京」創薬の研究目標や概要についてご紹介させていただきます。
 この十数年、製薬業界では、新薬の承認数が横ばい状態(20品目程度/年)であるのに対し、研究開発費が増え続けているという深刻な問題に直面しています。このことから「開発費を抑えながら、新薬創出を加速すること」は創薬・医療分野にとっての最重要課題となっています。したがって、我々の最終的な目標は、ポスト「京」の圧倒的パワーを用いることで、これら製薬会社が抱える課題の克服に資することにあります。ポスト「京」では、生体分子の動きをシミュレーションする計算(分子動力学計算)の速度を「京」の数十倍の速さにすることによって、生体内分子(タンパク質など)の長時間(ミリ秒レベル)の動きを捉え、さらに多くの生体内分子を対象にした創薬シミュレーションを実現することを目指します。これにより、疾患の原因タンパク質の動的制御や複数の創薬関連タンパク質を加味したドラッグデザインの新しい方法を開拓します。具体的には、ポスト「京」の演算能力を最大限に活かす分子シミュレーション技術を開発することで(サブ課題A)、生体分子システムの時間的空間的機能解析を実現する新たな構造生命科学と次世代創薬計算技術を開発します(サブ課題B)。さらには、これらの要素計算技術を創薬計算フローに沿って連結した統合システムを開発することで、高精度かつ超高速の革新的な創薬計算基盤の確立を目指します(サブ課題C)。

研究実施体制

本プロジェクトで開発するポスト「京」を基軸とする創薬計算基盤が製薬現場で利用されることで、これまでの創薬の実験プロセスが計算機シミュレーションに置き換わるなどの開発プロセスの効率化につながり、医薬品開発コストの劇的削減、ひいては医療費の削減につながるものと期待できます。さらには、標的タンパク質の動的機能制御創薬、タンパク質−核酸の超分子複合体を標的とするエピジェネティック創薬、超大規模生体システムのシミュレーションに基づくシステム創薬などの新たな創薬の革新的アプローチを開拓することで、これまで開発が困難であった新薬の創出や医薬品開発のスピードアップにつながり、結果として新薬を求める患者全体への貢献が期待されます。
 私は、現在の「京」に触れて自分の計算科学に対する世界観が大きく変わる衝撃を受けました。国の威信をかけて開発するスーパーコンピュータの意味は、産業上の利益を生むことや世界ランキングでトップを獲るばかりでなく、日本の将来を背負って立つ次世代の若者に夢を与えるものでもあります。実際、スパコンは15年先の汎用計算機の性能を先取りしていると言われることから、2020年に完成するポスト「京」は2035年の計算機環境の世界を我々に見せてくれることになります。それだけにポスト「京」への期待と責任は大きく、創薬分野での開発に関与する私どもも世界に負けない創薬計算基盤の構築を成し遂げるべく研究開発に邁進する所存です。最後にみなさまにお願いしたいことは、2015年の手近な価値観を2035年の未来を拓くポスト「京」に押し付けるのではなく、常に前向きかつ建設的なご意見を頂戴したいということです。日本の産業と科学の持続的発展を支えるポスト「京」の開発が成功するためにも、今後ますますのご支援とご協力を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。

個別化・予防医療を支援する統合計算生命科学