血栓形成のメカニズム

図1:血栓形成のメカニズム。傷ついた血管内皮下のコラーゲンに付着したフォンヴィレブランド因子(vWF)と血小板上のタンパク質GPIbαが結合して血小板が粘着。刺激によるシグナル伝達で血小板が活性化してADPなどが放出され、さらなる血小板活性化が引きおこされ、凝集・凝固へと進行する。
池田・丸山編『血小板生物学』(メディカルレビュー社)より改変

血小板活性化の反応モデル

図2:血小板活性化の反応モデル。

血栓成長でのADP刺激に着目

━実際に、血栓はどのように形成されるのですか。

島本  血栓形成のメカニズムは、血管の損傷に対する防御機能である止血での血液凝固の仕組みと基本的に同じです。血液凝固システムは、生命を維持していくための重要な働きですが、一方で成長した血栓が血液の流れを阻害し、血管をふさいで虚血・梗塞をおこすことがあります。それが血栓症です。血栓の形成で重要な役割を果たすのが、血小板です。何らかのダメージによって血管壁が傷つくと、損傷部位に付着したフォンヴィレブランド因子(vWF)と血小板上のタンパク質GPIbαが結合し、血小板が血管壁面に粘着します。活性化した血小板上のタンパク質GPIIb/IIIaがvWFやフィブリノーゲンとの結合を介して、次々に他の血小板同士で付着して、血小板が凝集した「血小板血栓」ができます。さらに12種類の血液凝固因子による多段の反応が連鎖して血液凝固が進行していきます。その過程の中で、フィブリン網という網目状の構造が形成され、そこに赤血球などの血球細胞が捕獲されるなどして、血栓はどんどん成長して、安定化した「フィブリン血栓」が形成されていきます。

━島本さんらが開発を進めているEX-THROMとは、どのようなアプリケーションソフトウェアですか。

島本  グランドチャレンジプログラムで、新しい流体構造連成手法(ZZ-EFSI)に基づく血栓症の初期過程のマルチスケールシミュレータ(ZZ-THROM)が開発され、傷ついた血管壁に血小板が粘着する過程が再現されました。その機能を拡張するかたちで、現在、私たちは粘着した血小板が活性化し、血栓が形成される過程を再現するマルチスケール血栓シミュレータEX-THROMの開発に取り組んでいます。血栓の形成には、数多くの物質がさまざまな段階で複合的に関わっていて、そのプロセスについてはまだ分からない部分もたくさんあります。血栓シミュレータの開発では、細かい反応まで取り込んでいくことが必要ですが、まずはターゲットを絞り込んで、特徴的な血小板の動作を再現するようなフレームをつくり、その上で緻密化を進めていきたいと考えています。

━フレームをつくる上で、重要なターゲットは何ですか。

島本  血小板の凝集が進む過程では、血小板表面にある受容体に結合して、血小板を刺激して活性化を促す、惹起物質が重要な働きをします。その中の一つに、アデノシン二リン酸(ADP)があります。ADPの濃度に応じて、血小板の凝集が進展したり、あるいは凝集が解離していくことが実験から知られています。活性化した血小板からは、濃染顆粒に含まれたADPが放出され、活性化を増幅させるような連鎖反応「ADPポジティブフィードバック機構」が起こります。そこで、私たちは、血小板凝集の過程で非常に重要な役割を果たしているADP刺激による血小板活性化に着目し、そのモデル化を進めています。具体的には、ADPの受容体であるP2Y12やP2Y1にADPが結合し、活性化反応によって誘発されるGPIIb/IIIaの活性化やADPを放出する動作を再現しています。このモデルを用いて、ADPやvWFやフィブリノーゲンが移流拡散して濃度変化する環境のもとで、血小板表面のP2Y12やGPIIb/IIIaの活性化が、時間とともにどのように変化していくかも見ていこうとしています。もちろん、ADP刺激だけで全てがおきるわけではありません。いろいろな物質が複合的に関与するので、それらの効果も加えながら、モデルのさらなる機能拡充を図っていきたいと考えています。

血栓治療薬の評価にもつなげていきたい

━モデル化を進める上で大切なことは何ですか。

島本  大切なのは、実際に起きている事象の特徴がうまく再現されるかどうかです。関わっている物質がたくさんあるといっても、ただ闇雲に取り込んでしまうと、そこで何がおきているのか分からなくなってしまいます。この点については、血栓症の専門家である東海大学医学部の後藤信哉教授らのご指導をいただいています。ADP刺激と併せて、トロンビン、セロトニン、トロンボキサンA2などの反応も考慮に入れて、実験との整合性がとれるようなモデル作りを進めていこうとしています。

━モデルを用いて血栓治療薬の評価を行うことも、研究のねらいの1つと聞いています。

島本  現在は、ADP受容体のP2Y12をブロックして結合を阻害するクロピドグレルと、血小板同士の結合の役目を果たすGPIIb/IIIaの阻害薬について見ています。

P2Y12活性化の計算結果例

図3:P2Y12活性化の計算結果例。ADPが移流拡散していく時間経過のなかで、血小板表面のP2Y12がADPと結合して非活性状態(紺色)から活性状態(赤色)に変化していく過程を示している。

━「京」を使った成果は、すでに出ているのですか。

島本  現在はまだ試験的に計算を行っている段階で、実際に「京」を使って結果を出していくのはこれから先になります。ZZ-THROMで開発された、赤血球を含んだ血流計算と連動する形で、血小板が活性化していく過程の計算を進めて行くことになります。

━モデルづくりで、最も苦労されたのはどこですか。

島本  私はもともと工学系の出身ですので、まずは医学的な知識の理解に苦労しました。また、血栓形成のメカニズムに関しては、まだよく分かっていない部分も多いので、どのようにモデルの緻密化を進めていくかも難題です。今は、医療の専門家である後藤教授らのチームの実験で得られた知見とフィッティングできるように、常にフィードバックをかけながら、モデルの改善を進めていくことを心掛けています。

━これからの展望をお聞かせください。

島本  今は凝集から凝固のステップに入った段階ですが、凝固についても検討を進めているところです。目標は、とにかく血栓の形成過程をうまく再現すること。そして、血栓治療薬の評価にもつなげていきたいと考えています。例えば、血栓形成のどの段階でどれだけ投薬すれば高い治療効果が得られるのかをシミュレーションで明らかにすることができれば、血栓療法への貢献につながるのではないかと思っています。

        

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