低分子化合物の設計ソフトOPMFを開発

図1:富士通は疾患の原因となるタンパク質に強く結合して作用を抑える低分子化合物の設計ソフトOPMFを開発。効果の高い新規化合物を短期間・低コストで創出することを可能にした。

共同研究のイメージ

図2:富士通が先端研や製薬会社とともに進めるIT創薬のための共同研究のイメージ。

富士通が取り組むIT創薬研究

━富士通が、IT創薬の技術開発に取り組むのはなぜですか。

紙谷  富士通が計算化学ソフトの輸入販売や国内研究機関・企業とソフトウェアの開発を開始したのは、30年以上前の1983年からです。当時はまだ日本のソフトウェア開発は米国などに比べて遅れており、例えば大学などがスパコンを導入しても、効果的に活用できない状況でした。そこで、ソフトウェアも一緒に提供していこうと、自主開発の取り組みが本格化したのです。2003年にヒトゲノムの解読が完了し、バイオテクノロジー産業が活発化しはじめるなか、富士通は2004年にバイオIT事業開発本部(現・未来医療開発センター)を設置し、バイオ分野への取り組みを加速化させ、自主研究および国内外の企業・大学・研究機関との共同研究を通して、IT創薬と呼ばれる計算科学を活用した創薬技術の開発にも力を注いできました。

━富士通が取り組むIT創薬とはどのようなものですか。

三井  これまでの創薬は、膨大な低分子化合物のなかから、薬の候補となりそうなものを研究者の経験と知恵を駆使して探し出し、合成や実験を繰り返しながら薬を開発するというものでした。ある試算では、候補化合物数に対して、最終的に承認される新薬の割合は3万分の1といわれます。また、そこに至るまでには、十数年という長い年月と数百億円のコストがかかります。私たちが取り組むIT創薬は、化合物設計の段階でコンピュータシミュレーション技術を活用し、標的タンパク質の構造から、薬として効果のある化合物構造をコンピュータ上で仮想的に設計し、短時間・低コストで新規化合物を創出するというものです。さらに、生体環境を想定した分子動力学シミュレーションによって、薬の候補となる化合物の活性を高精度で予測し、評価する技術も開発してきました。

紙谷  既存の化合物にとらわれず、多様な化学構造を設計し、絞り込んでから合成・評価できるところが大きな特徴です。そのために、富士通は低分子化合物の設計ソフトウェアOPMF(Optimum Packing of Molecular Fragments)を、独自に開発しました。タンパク質のX線立体構造に基づき、活性の中心に入り込める可能性がある新規化合物を、フラグメントをつなぎ合わせて設計するというものです。これによって得られた化学構造を高精度結合活性予測ソフトMAPLE CAFEE(メープル・カフェ)を用いて、どれくらい強い効果が現れるか、周囲の水分子を含めた生体に近い環境のもとで厳密に計算して予測します。

━MAPLE CAFEEは、MP-CAFEEと違うのですか。

紙谷  藤谷先生が富士通研究所におられたときに、タンパク質などの生体高分子と有機化合物分子を統一的に扱う分子力場を構築して、タンパク質と化合物が離れた状態から結合するまでの分子動力学計算を実行し、結合自由エネルギーを求める手法を考案しました。そして、この計算方法をMP-CAFEEと名付けました。MAPLE CAFEEは、この計算方法を活用して富士通が構築するシステムの名前とお考えいただければよいと思います。

富士通が取り組むIT創薬研究

━先端研との共同研究を開始したのは、2011年からですね。

三井  先端研がコンピュータシミュレーションを活用した低分子医薬品の創出に向けた研究・開発を進めるにあたり、富士通の低分子医薬品の設計・評価技術が認められ、共同研究が実現しました。具体的には、富士通がOPMFで候補となる低分子化合物を設計し、絞り込みを行った上で、先端研・藤谷研究室に提供します。藤谷研究室では、化合物がどのくらいタンパク質に作用するかをシミュレーションし、その解析結果を富士通に戻し、再び設計にフィードバックしていくという流れになります。この共同研究を通して、私たちも間接的に「京」の計算パワーを活用しているわけです。

紙谷  課題2に関しては、平成24年度に、がん治療の標的となるタンパク質に対して約300個の化合物を富士通で設計し、「京」を使った結合自由エネルギーの計算が行われました。昨年度はこの結果をもとに研究と改良を進め、さらにち密な化合物設計がなされ、そのなかから25化合物を選出して結合自由エネルギー計算が実施されました。その結果、強い結合自由エネルギーを持つと予測された8化合物については、がん治療薬開発に向けて、今後、実験グループとの連携により研究が進められます。

戦略課題2における富士通と先端研との共同研究のイメージ

図3:課題2における富士通と先端研との共同研究のイメージ。富士通が候補化合物を設計し、結合自由エネルギー計算の結果がフィードバックされて、再設計に活かされる。

━先端研との共同研究で、富士通は何をめざしているのですか。

三井  先端研の優れた研究ノウハウや成果、さらに藤谷先生を中心に行われている大規模シミュレーション技術、そして富士通の分子設計技術や分子シミュレーション技術をベースに、創薬プロセスを革新するIT創薬のプラットフォームを構築したいと考えています。さらに、製薬会社とも共同研究を実施し、IT創薬による新たな医薬品の実現につなげていきたい考えです。

━研究開発における現在の課題は何ですか。

三井  計算機パワーですね。私たちとしては、設計した化合物のどこを変えたらどうなるのかという効果をすぐに見て、次の改良につなげたい。つまり、サイクルを速く回したいのです。しかし、結合自由エネルギーを計算するには膨大な計算が必要ですから、できるだけ大きな計算機パワーを活用したいわけです。実際に合成した方が速いということでは、IT創薬の意味がありませんから。

━IT創薬の未来について、どのようにお考えですか。

紙谷  効果の高い新規化合物を短時間・低コストで創出する次世代の創薬プロセスとして、IT創薬に大きな期待が寄せられています。この革新的な技術の確立・応用によって、今後、さまざまな疾患に対する新しい治療薬が生まれると、私たちは確信しています。それにより、これまで難しかった治療が可能になるなど、医療の向上に計算科学が貢献できれば素晴らしいことだと思います。また、新薬の成功率は3万分の1とお話ししましたが、言い換えれば、現状では1つの薬を開発するために、3万個の化合物を合成する手間がかかっているということです。こうした実験を計算に置き換えることができれば、創薬の手間や苦労を大きく減らすことができます。そのためにも、早く結果を出していきたいと考えています。

        

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