財団法人 計算科学振興財団 チーフコーディネーター
福田 正大 (写真左)
公益財団法人 都市活力研究所 主席研究員
特定非営利活動法人 バイオグリッドセンター
関西 理事・事務局長
志水 隆一 (写真右)
福田(敬称略) 現在は、計算科学やシミュレーション技術の普及によって日本の産業を活性化させていこうと設立された計算科学振興財団で、いろいろな企業のみなさんにスーパーコンピュータを活用した研究・開発のお手伝いさせていただいています。財団にも産業界向けの計算機「FOCUSスパコン」があり、これを活用して企業の技術高度化支援なども行っておりまして、みなさんに大いに活用していただきたいと思っています。
志水 私が関わっていますバイオグリッドセンター関西の話をさせていただきます。もともとは大阪大学が推進してきた「バイオグリッドプロジェクト」がありまして、これはグリッドコンピューティング環境でバイオ・医療向けの開発アプリケーションを動かしていこうというものですが、その技術や研究成果を産業界など広く世の中で活用してもらうことをめざして設立されたのが、NPO法人のバイオグリッドセンター関西です。2004年にテストベッドを開始して、「ぜひ使ってください」と呼びかけたのですが、当初、製薬会社は全く動いてくれませんでした。大阪大学のスーパーコンピュータを確保し、アプリケーションを移植して動くようにしていたのですが、「データを出せない」、「自社から外部へネットワークをつなぐことなど許されない」と、どこにも使ってもらえませんでした。ならば、自分たちで成果を出してみようということで、ちょうど動き出そうとしていた阪大発ベンチャーと手を組んで知的クラスター創成事業を、翌年には医薬基盤研究所からも「インシリコ創薬をやりたい」という話がありまして、コンピュータシミュレーションに基づいて医薬品候補化合物を創製する「創薬バリューチェインプロジェクト」が始まりました。時期的にも、ちょうどインシリコ創薬が流行になりつつあったころで、それも幸いだったと言えるかもしれません。
福田 バイオグリッドセンター関西で使えるようにしたアプリケーションは、大阪大学の先生が開発されたものですか。
志水 いろいろ使いますが、基本的には大阪大学蛋白質研究所の中村春木教授や産業技術総合研究所の福西快文氏らがつくられたドッキングシミュレーションなど(myPresto)です。
福田 プロジェクトが始まってから、実施の計算は製薬会社の人たちがやったのですか。
志水 企業に外注しました。そもそも製薬会社は入っていないんです。まずは製薬会社の色をつけないで開発しようということで……。
福田 そうですか。なぜそんなことを聞いたかというと、アプリケーションを研究者が開発しても、民間企業の人たちにはなかなか使いこなせない、使うにはサポーターがついて手とり足とり指導しないといけない。だから民間企業に普及しないんだという話を、よく聞くものですから。
志水 製薬業界について言うと、いくつかレベルがあって、日本の大手10社くらいは計算科学をやっている人がいて、自分たちで使える力を持っておられます。中身をしっかり知っておきたいということでアプリケーションの説明は求められますが、後は簡単な手ほどきだけで十分。さらに私たちと一緒になって、大学のスーパーコンピュータをどんどん使って計算するところまでやっているのは、そのうちの3社くらいではないでしょうか。
福田 すでに数社はそこまでやっておられるんですね。
志水 どのくらいの計算資源をお持ちかは分かりませんが、大手企業は自社で化合物ライブラリーを持っていて、自分たちで反応試験をやり、化合物を見つけられる体制が整っていると思います。ただ、「一から教えてほしい」という企業もたくさんあります。また、「自分たちも、今後は大手のようにスーパーコンピュータを使った創薬に取り組んでいきたいので、勉強させてほしい」と私たちの研究プロジェクトにオブザーバーとして参加している企業もあります、もちろん、秘密保持契約を結んだ上での話ですが。
福田 中堅レベルの製薬会社のなかにも、積極的に取り組んでいこうという意欲をお持ちのところがあるということですね。
志水 ええ。ただ、製薬業界全体に広がっているかというと、どうでしょうか。まだメインストリームにはなっていなくて、実験で行き詰ったときに、ちょっとシミュレーションでやってみるというところが多いように感じます。
福田 まずインシリコチームがシミュレーションでやってみて、仕上げに実験をやるという流れにはなっていないわけですね。
志水 時間的な問題もあるようです。計算結果を半月待つなら、実際にやってしまった方が早いと……。そうしたタイムラグの問題などもあって、合成チームとインシリコチームがうまくコラボレーションできる体制になっていないのではないかと思います。あとは、これまで自社の計算機リソースでできることしかやってこなかったために、「大規模な計算なんてできない」と、最初から諦めているところもあると思います。それこそ「京」のような桁外れのリソースを使ってがんがんシミュレーションをやっていくということが、もともとの発想として出てこない……。
志水 少しずつ意識は変わっていると思います。自社の研究員に計算ばかりやらせていられない、そんな余裕はないといった事情もあると思いますが、最近は組織同士の秘密保持契約さえきちんとできるなら、作業的な計算は外注に出してもよいという動きが広がりつつあるようです。
福田 重要な産業に対しては、計算を引き受けるしっかりとした受け皿を用意すべきだと、私は思いますね。例えば、製薬業界の計算は理化学研究所が引き受けるといった体制を、国策として整備したらいい。そうすれば、責任の所在もはっきりするし、コストパフォーマンス面はもちろん、いろいろなノウハウも集まるはずです。うちの財団のFOCUSスパコンも、まさに産業界で使っていただくことをコンセプトに導入したわけです。25TFLOPSほどだからそれほどのパワーではありませんが、多くの企業を回ってお話しをさせていただいて、つくづく分かったのは、十分にニーズがあるということです。私たちのところはCAE(Computer AidedEngineering)系が多くて、製薬会社はまだあまり回っていませんが、志水さんのお話しをうかがっていると、ニーズは十分あると思いますね。
志水 製薬業界は、今ちょうど過渡期にあって、これまで頑なだったものが、外のリソースを使ってもいいのではないかという流れに向かいつつあります。一方で、世界一の「京」が産業利用に力を入れるということで、これは非常にいいタイミングだと思います。あとは成功事例といいますか、成果が目に見えるかたちで出てくると、「やってみようか」と乗り出してくる製薬企業も出てくるのではないでしょうか。
福田 その意味でも、理化学研究所がこれまで取り組んできたグランドチャレンジの成果は、非常に重要になってきますね。
志水 海外と比較しても、日本ほどバイオシミュレーションのソフト開発に力を入れている国はないと思います。日本が世界のトップを走っていると言ってもよいのではないですか。ここまで日本の英知を結集しているのですから、これを使わない手はないですよ、もったいない。そういうことを、もっとみんなで宣伝していかないといけませんね。
志水 それほど詳しいわけではありませんが、コンピュータを使ってみようかという意識は育ちつつあると思います。ただ、そのためのやり方が分からないので、踏み込むのに躊躇しているというところはあるでしょうね。あとは、企業のトップに「そんなやり方で薬ができるのか」といった、ある種の不信感があるのではないでしょうか。その意識を変えていくことも課題だと思います。
福田 私が航空宇宙技術研究所にいたころの話ですが、スーパーコンピュータを入れたときに、「これからの航空機開発にはシミュレーションをもっと活用していかなければいけない」ということを業界の主要企業に話したのですが、当時、中間管理職の人たちはあまり乗り気ではありませんでした。そのときにどうしたかというと、まず新しい技術を吸収することに意欲と熱意を持つ若い現場の担当者と話をしました。私たちが開発したアプリケーションをどんどん使ってもらったのです。その次に重役のところへ行き、「今、取り組まなければ、日本の技術に将来はない」と話しましたが、なかなか重い腰を上げようとしません。そこで、「おたくの若い元気な技術者たちはやりたいと言っていますよ」と言うと、「そういう若い者がいるなら、一度話を聞いてみよう」ということになり、話が進み始めたという経験があります。企業に、どのように情報をインプットしていくかということも大事です。事を急いで、ただ上から攻めていけばよいというものではない。土に種をまいておかなければ、いくら上から水をかけても芽は出ません。
志水 実はある製薬会社で福田さんが今お話しになったことと同じようなケースが進みつつあるんです。大学で開発されたアプリケーションを使った共同研究を一緒にやりながら、自社の課題を持ち込み、計算結果をフィードバックしようとしています。
福田 成果が出たところで、誰かが上から経営陣の背中を押してくれればいい(笑)。
福田 計算例として、こうした入力でこういう結果が出るといったものが用意されていると分かりやすいです。あと大事なのは、企業から「このプログラムで、ちょっと違うこうした計算ができないでしょうか」といったいろいろな要望に応えられる機能が付け加えられているといいですね。そうした要望に抵抗感なく応じていただけると、「このチームで一緒にやっていきたい」という信頼関係もできてくるのではないでしょうか。もちろん、何でも企業の言う通りにするということではありませんよ。
志水 まずはきっちりアプリケーションをつくっていただいて、あとは簡単なものでいいのでマニュアルを用意してもらえば、その先のユーザーインターフェイスなどは研究者の領域ではありませんからね。できれば汎用性を意識したものにしていただくとよいと思います。
福田 このグループの化合物には使えるけど、あっちのグループは計算できないというものでは困りますからね。
志水 とにかく私たちとしては、コンピュータシミュレーションの理解と普及をめざして、製薬業界を中心に「こういうものが使えますよ」、「こんなすごいアプリがありますよ」、ということを広くお伝えしていきたいと思っています。
BioSupercomputing Newsletter Vol.5