BioSupercomputing Newsletter Vol.10

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エネルギー消費に貢献する褐色脂肪細胞の機能の解明と制御に向けて

大安 裕美

大阪大学 大学院情報科学研究科
バイオ情報工学専攻 松田研究室
大安 裕美

プロフィール

 ふだん厄介もの扱いされる脂肪細胞には大きく分けて2種類あり、白色脂肪細胞はエネルギー源となる脂肪の蓄積と生理活性物質の分泌を担い、褐色脂肪細胞は体温調節に向けた熱産生のために脂肪を分解してエネルギーを消費するという機能が知られています。ヒトの場合、生後しばらくすると消滅すると考えられていた褐色細胞が、実は成人にも存在し、その脂肪代謝の働きは肥満や糖尿病といった生活習慣病と密接な関係にあることが近年明らかになったことから、基礎・臨床の両面で熱く研究が推進されています。マウスを使ったこれまでの研究から、褐色脂肪細胞での脂肪分解に関わる遺伝子やそのメカニズムが一部わかってきています。交感神経から刺激を受けたβアドレナリン受容体のシグナル伝達経路が活性化し、この細胞に大量に存在するUCP-1という膜たんぱく質が、ミトコンドリアにおいて熱産生を促します。また、寒冷刺激によって、白色脂肪細胞のなかからベージュ脂肪細胞といわれる褐色脂肪細胞に似た第3の脂肪細胞が分化し(褐色化)、褐色脂肪細胞と共に熱産生に寄与します(図1)。しかし、褐色化のメカニズムはわかっておらず、褐色脂肪細胞とベージュ脂肪細胞との関係も不明です。また、脂肪分解に至る経路は複数あるとされ、指揮系統の頂点に立ち、総司令官として機能するマスター遺伝子やエネルギー代謝制御機構の全貌は解明されていません。今後、これらのことが明らかにされて、コントロールが可能になれば、生活習慣病の予防や病状の改善に繋がるものと考えられています。
 私たちのグループでは、ヒトの褐色脂肪細胞がマウスのベージュ脂肪細胞に似ているとされていることから、マウスをモデル生物として脂肪細胞の研究を行っている京都大学大学院農学研究科の河田照雄教授のグループと共同で、褐色脂肪細胞の機能解明とエネルギー代謝制御に向けた研究に取り組んでいます。河田教授の研究室では、寒冷刺激下(4℃)で飼育されたマウスの脂肪組織から、遺伝子を網羅的に観測できるマイクロアレイやRNA-seqによって遺伝子の発現量を測定しています。私たちはそのデータを用いて、白色・褐色・ベージュ脂肪細胞を特徴づける遺伝子や遺伝子間の制御関係を抽出しています。約2万5000種類の遺伝子について、数時間おきに発現量を測定したデータを解析するためには膨大な計算資源が必要なため、これまでのコンピュータで処理することは困難でした。スーパーコンピュータ「京」はこのような大量データを高速に処理し、遺伝子制御ネットワークの推定を可能にしました(図2)
 これまでの研究で、ベージュ脂肪細胞は褐色脂肪細胞とは異なる独自の遺伝子群と経路で速やかにUCP-1を誘導し、脂肪の代謝に携わっていることがわかってきました。私たちは、このように脂肪細胞における遺伝子の制御関係を解明することで、生活習慣病の改善につながる情報を得ることを目指しています。
 

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図1:脂肪細胞の種類と分化
ミトコンドリア中の点はUCP-1を表す。

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図2:脂肪細胞内において寒冷刺激下で大きな発現変動が見られた遺伝子間の制御ネットワーク
○が遺伝子、赤線が促進、青線が抑制の制御関係を示す。
青い○はベージュ脂肪細胞と褐色脂肪細胞で共通に検出された遺伝子。

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発表論文
学会発表